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室生犀星の特徴及び評価
室生犀星は「小景異情」をはじめとする抒情詩、『杏っ子』などの自伝的小説などが有名な詩人・小説家です。室生犀星の作品は、複雑な生い立ちに由来する「母=女性へのあこがれ」や、小さな生き物への優しいまなざしが特徴的ですが、人間の荒々しさ、野性の美を描いた「市井鬼もの」と呼ばれる作品も残しています。
室生犀星の生涯の友人であった萩原朔太郎は、同じ文学雑誌に投稿する仲間として室生犀星と出会いました。朔太郎は実際に犀星と対面するまで、「室生犀星は美少年である」と空想していたそうです。それは、室生犀星の作風が美しく繊細であったからにほかなりません。
堀辰雄は室生犀星の作品について、犀星は人間の心理を心理学者的視点ではなく、風景画家のように扱っていると言います。そのせいで犀星の長編は構成上の失敗が多い、というのが堀辰雄の批評なのですが、同時に堀辰雄は、犀星の作品にあらわれる犀星の「非常に烈しい野蛮」な精神、「非常に柔かな平静」な精神、「神から与えられたものだけで満足している」精神に感動するのだともいいます。(堀辰雄『室生さんへの手紙』)
また、芥川龍之介は犀星の人柄について、「傍若無人」「世間に気も使わなければ、気を使われようとも思っていない」と記しています。この随筆には『出来上った人--室生犀星氏--』というタイトルがつけられていて、タイトルからも室生犀星の人となりが偲ばれます。
このように、室生犀星と親交のあった作家たちの言葉から、犀星の作品には繊細でやさしい一面、精神的に成熟した一面があったことがうかがえます。
室生犀星のおすすめ代表作6選
【詩集】
愛の詩集
室生犀星の第一詩集。序文を北原白秋、跋文を萩原朔太郎が記しています。室生犀星の詩も素晴らしいのですが、序文・跋文から漂う、二人との信頼関係が魅力的です。
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抒情小曲集
愛の詩集と同年に刊行された、室生犀星の第二詩集。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」の一節で有名な「小景異情」が収められています。実は第一詩集『愛の詩集』より、早い時期に作られた作品が収められているのだそうです。若き日の心の揺れ、故郷への複雑な思いなどが特徴的な詩集です。
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【小説】
或る少女の死まで
~苦しい生活のオアシスだった少女との別れ~
初期の自伝3部作、最後の作品です。東京に出てきたものの、貧乏詩人で日々の糧にも苦労する「私」。ある日、酒場で質の悪い客といざこざになり、後味の悪さから転居した「私」は、引っ越し先にすむ少女・ふじ子と仲良くなります。ふじ子は九州の出身で、満州に単身赴任中の父が戻り次第、家族で九州に帰るのだと嬉しそうに話します。そして無事に帰郷した暁には、「私」に故郷の名物である「ぼんたん」を送ると約束したのでした。しかし、ふじ子より先に、「私」が金沢へ帰郷することとなります。月日がたち、ふじ子からの「ぼんたん」を待つ「私」に届いたものは……。
同じく初期自伝3部作の1作目である『幼年時代』には「私」の幼年期の思い出が、2作目の『性に目覚める頃』には思春期の戸惑いと友人との死別が描かれています。
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杏っ子
~仲良し父娘、それぞれの人生~
金沢で私生児として生まれ、有名作家となり、東京で家庭を築いた男・平山平四郎。前半は平四郎の家庭生活が、後半は成長した彼の娘・杏子の苦しい結婚生活が描かれています。
平山平四郎のモデルは室生犀星自身であり、杏子のモデルは犀星の娘・朝子です。関東大震災や太平洋戦争などの大事件だけでなく、生活のなかに潜む憂鬱や小さな喜びなどが、繊細な筆致で表現されています。仲良し父娘の生活の記録であり、自伝的作品という点では、『或る少女の死まで』のずっと先の物語ともいえるかもしれません。
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あにいもうと
~室生犀星の新境地。荒々しい美しさをもつ作品~
「市井鬼もの」と呼ばれる作品群のひとつ。作品が発表されてから、何度もドラマ化・映画化されています。
多摩川沿いに住む赤座一家の長女・もんは、恋人との子どもを死産後、自堕落な生活を送っていました。ある日、もんの元恋人・小畑が赤座家を訪れます。小畑はもんの妊娠が判明すると逃げ出し、一年以上も連絡が取れなくなっていました。もんが死産したことに安堵し、金銭を置いて帰ろうとする小畑。もんは留守にしていましたが、もんの兄・伊之が小畑と向き合い、小畑を殴りつけます。伊之が小畑を傷つけたことを知ったもんは、伊之に激しい感情をぶつけるのでした。美しい自然描写のなか、家族だからこその愛憎が際立つ作品です。
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蜜のあはれ
~「おじさま」と「あたい」の秘密の時間~
犀星が晩年に発表した、老作家と金魚のエロティックで幻想的な小説です。老作家・上山は、美少女に変身する金魚・赤子を飼っています。赤子は美少女に変身するだけでなく、人語をあやつり、買い物に出かけ、上山の目の前を可憐に、自由に動き回ります。ある日、赤子の目の前に、上山とただならぬ関係であった美貌の女性・田村ゆり子の幽霊が現れて……。『蜜のあはれ』はあたい(赤子)、おじさま(上山)、田村のおばさま(田村ゆり子の幽霊)の会話で構成され、赤子のコケティッシュな語り口が愛くるしい作品です。
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今回は、室生犀星の詩集・小説のなかから、おすすめの6作品をご紹介しました。室生犀星の作品は繊細なものから荒々しいものまで、どの作品にも作者本人の優しさがあらわれています。幼少期に傷ついた経験がそうさせたのか、小さな生き物をいつくしみ、家族や友人を大切にした室生犀星。「あにいもうと」などの「市井鬼もの」には乱暴な描写もありますが、室生犀星の作品は、生きているものへの愛、生きていくことへのエールを感じ取ることができるものばかりです。今回は取り上げませんでしたが、若くして自殺した親友・芥川龍之介に関する随筆や、庭の様子や鑑賞した映画を記録した日記など、詩・小説以外の作品も多く残されています。室生犀星の人となりや、当時の文壇の様子を知りたい方におすすめです。