出典:[amazon]和解 (新潮文庫)
志賀直哉は武者小路実篤や有島武郎とともに雑誌「白樺」を創刊し、現在も刊行されている雑誌「世界」の立ち上げに関わった、文壇を代表する作家です。長きにわたり日本の文学界を牽引した志賀直哉の作品にはどのようなものがあるのでしょうか。今回は、志賀直哉の作品の特徴やおすすめ代表作をご紹介します。
志賀直哉の作品の特徴や評価
志賀直哉に代表される「白樺派」は、それまでの文学の主流だった「自然主義」に対抗するものとして提示されました。自然主義の特徴は、作家の主観を排除したり、書き手の内面を赤裸々に暴露する点にあります。自然主義を掲げた代表者としては、島崎藤村や田山花袋(かたい)などが挙げられますが、彼らの作品には、自己否定や自分の悲惨な境遇を憐れむ、自己憐憫(れんびん)の精神が全面に出ています。
対して「白樺派」は、人間肯定や人間賛美の精神を掲げた人道主義的であるのが特徴です。これはロシアの文豪トルストイなどの精神を引き継いだものでしたが、なかでも志賀の作品は、そこに徹底した写実的手法(リアリズム)を取り入れ、フィクションを排除した、作者の純粋な目でみた世界を表現しています。
中期から後期になると、志賀は「心境小説」とよばれる新しい表現方法を生み出します。これは、志賀自身が感じたことを「観察して」作品を書くという手法で、志賀の「心の姿」が表現されているため、このように呼ばれています。代表作の一つである「城の崎にて」はまさに心境小説を象徴する作品であり、志賀作品の醍醐味を味わえる作品です。
志賀直哉は多くの作家に尊敬されましたが、その作風の美しさから「小僧の神様」をもじって「小説の神様」と評価されました。また文壇の大御所として知られる菊池寛は、志賀の作品に対して「志賀氏は現在の日本の文壇では、もっとも傑出した人物だと思っている」と賞賛しました。芥川龍之介も志賀の作風に対して「リアリズムに東洋的伝統の上に立った詩的精神を流しこんでいる」と評価しています。
暗夜行路
志賀直哉の唯一の長編小説です。当初は「時任謙作」というタイトルで1914年(大正3)に東京朝日新聞で掲載される予定でしたが、途中で執筆を断念しました。1921年(大正10)に雑誌「改造」にて連載を再開し、完成までに26年を費やしました。4部構成となっており、日本近代文学を代表する作品と称されています。
両親の愛を知らずに育った主人公・時任謙作の波乱の生涯が描かれています。放蕩と人間不信に悩む謙作は、旅の果てに訪れた鳥取の大山の美しい景色に心を奪われ、それまで自分を傷つけた人々のすべてを許そうと決意します。しかし、宿に戻った謙作は突然倒れてしまいます。そこに駆けつけた妻・直子が謙作に投げかけた言葉とは。
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赤西蠣太(あかにし・かきた)
1917年(大正6)、雑誌「新小説」に掲載された短編小説です。江戸時代前期に起きた、伊達家のお家騒動がモチーフとなっています。主人公の赤西蠣太は、白石の殿様の命令で、伊達兵部(ひょうぶ)の調査のため屋敷に潜り込みます。やがて蠣太は悪事を暴く文書を完成させますが、突然自分がいなくなることで周りの者に怪しまれるのを警戒します。そこで同じく調査のために別の屋敷に侵入していた銀鮫鱒次郎と相談し「美しい腰元に恋文を送り、あえなく振られることで」面目が潰れたことを理由に暇をもらおうと画策します。しかし、実際に腰元に手紙を送ってみるとと・・・。
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城の崎(きのさき)にて
1917年(大正6)、雑誌「白樺」に掲載された短編小説(随筆)です。「白樺派」に属した志賀でしたが、私小説的作品も残しており、「城の崎にて」は日本の私小説を代表する作品と評されています。上記にあるように「心境小説」の側面が強く、志賀の内面風景が映し出された作品として知られています。
山手線にはねられて大怪我を負った「自分」は、療養のために兵庫の城崎温泉を訪れます。そこで「自分」は一匹の蜂の死骸と、死に瀕したネズミ、そして「自分」が石を投げつけて殺してしまったイモリの死を見つめます。
それぞれの生き様を通して、志賀の死生観がありありと表現された、中期を代表する傑作です。
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和解
1917年(大正6)に、雑誌「黒潮」に掲載された中編小説です。こちらも志賀を代表する私小説であり、幼い頃から不和だった父・直温との和解をきっかけに書かれた作品です。
志賀直哉は、幼い頃から父との不和が続いており、その人生の節目節目で父と対立していました。ところがあるとき、父があっさりとこれまでの不和を詫びたことで、父と和解することになりました。それがとても嬉しかったのか、志賀は「10枚15日間というのは私にとって後にも前にもないレコードである」と後日語っています。
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小僧の神様
1920年(大正9)に雑誌「白樺」に掲載された短編小説であり、志賀の出世作です。この作品がきっかけで、志賀は「小説の神様」と呼ばれるようになりました。国語の教科書にも載っているので、読んだことがあるかたもいるかもしれません。
秤屋で奉公する仙吉(小僧)は、番頭たちに評判の寿司を自分も食べたいと思い、寿司屋(屋台)に出かけます。行ってはみたものの、お金が足りず食べることができません。それを見ていた貴族院の男・Aは、後日仙吉を偶然見かけて、仙吉に寿司をご馳走します。しかし、Aのことを知らない仙吉は、「なぜ自分が寿司を食べたいということがわかったのか」と疑問に思い、いつしかAのことを「神様だ」と思うようになります。一方、良いことをしたはずのAの心には、妙な罪悪感が浮かびます・・・。
この作品を通して、志賀は人の心の複雑さを見事に表現しました。
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まとめ
今回は志賀直哉の作品の特徴やおすすめ代表作をご紹介しました。志賀は「寡作(かさく)の作家」とされていますが、それでも、今回ご紹介した作品以外にも読みやすく美しい文章を多数残しています。文庫本などで手軽に読める作品も多いので、ぜひ志賀作品に触れて感動を味わってみてください。