アルベール・カミュってどんな人?その生涯は?性格を物語るエピソードや死因は?

出典:[amazon]アルベール・カミュ―ある一生〈上巻〉

いまや世界全体で暮らしや働き方を大きく変えてしまったコロナウイルスですが、歴史をたどれば過去にもこうした伝染病があったことをご存じでしょうか?中世において猛威をふるったペスト、「黒死病」はネズミを媒介し広がる文字通りの死の病でした。ところで、ペストを題材に書かれた小説が昨今よく書店で紹介されることがあります。題名はシンプルに『ペスト』。その作者は若くしてノーベル文学賞を受賞したアルベール・カミュでした。今回はアルベール・カミュについてご紹介します。

アルベール・カミュの生涯

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ここでは、アルベール・カミュの生涯について見ていきます。

誕生から学生時代

1913年にフランス領であったアルジェリアに生まれます。父は農業を行っていましたが、カミュの誕生の翌年に第一次世界大戦に参戦し亡くなります。貧しくも才能あふれていたカミュ少年は、教師の援助を受けて高校に進学しました。なんとか奨学金を獲得し、苦学しつつもバカロレアを合格することができました。その学生生活の中で友人に影響を受け、文学、特に哲学に惹かれています。後のカミュの人生の中で、哲学は自身の小説にもみられる一つの特徴となっています。特に「不条理」に対する思考は彼の文学を通した一貫したテーマであることは間違いありません。こうしてアルジェ大学文学部の哲学科を卒業しました。

作家としての目覚め

彼は卒業後まもなく働き始め、多くの職業を経験しました。最後に行き着いたアルジェリアの地方新聞の記者になった彼は、圧力をかけられながらも平和を叫んだ末、結局は失業してしまいます。それでもその実力は人々の目に留まり、パリの「パリ・ソワール」という新聞社の編集部に移ります。

パリに引っ越したカミュでしたが、この都市はまもなく戦火に呑まれました。彼がパリに来た1940年にはドイツ軍のフランス侵攻が起こり、結果としてカミュはアルジェリアへとんぼ返りをすることになったのです。このころカミュは編集部にいつつ代表作となる哲学的エッセイ『シシュポスの神話』と初の小説『異邦人』に取り掛かっていたようです。

ノーベル文学賞の栄誉。しかし惜しんで余りある急逝

カミュは北アフリカのオランで教鞭をとりつつ、「自由フランス」のためにサルトルやボーヴォワールらとともに非合法誌『戦闘』を発行し、闘いました。このころ先の二作を発表し、フランスの文壇に衝撃をもって迎えられ、名声を得ます。続いて1944年の戯曲『誤解』と1945年の『カリギュラ』は上演されて間もなく、カミュの文学的な地位を確かなものとしました。

1947年には極限状態での市民の協力を描く『ペスト』が発表され、ついには世界的に熱狂的な人気を博しました。学生時代からの喀血を再発させてからは監修者となり、哲学に関する執筆活動を続けていきました。このころ発表された『反抗的人間』はカミュの、コミュニズムとキリスト教のどちらへも批判的な立場がよく表れており、若者を中心に支持されますが、サルトルには痛烈に批判されます。サルトルとの論争は当時大きなトピックとして取り上げられ、カミュは次第に政治的孤立を深めてしまうのでした。

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1956年、彼はそれでもその活動と思想を評価され、若干44歳でノーベル文学賞を受賞しました。特にその前年に発表された『転落』は、現代の人々が抱える矛盾と罪に対する意識への疑問が主題となっており、当時の戦火からの復興を目指す人々への問いかけとして、選好の理由になったようです。そして1960年1月四日、そのころパリを離れ『最初の人』にとりかかっていたカミュはあっさりと自動車事故に遭い、四十七歳で世を去りました。

アルベール・カミュの死因やエピソード、哲学

ここでは、カミュの死因、エピソード、そして彼の作品に根ざす哲学について解説していきます。

カミュの死因

四十七歳という年齢で急逝したアルベール・カミュの死因は自動車事故だったそうですが、そこには様々な憶測があります。自動車を運転していた運転手が、てんかんのために並木道の景色をみて事故を起こしてしまったのか、それともソ連外相批判を受けて暗殺されたのか。これまで、様々な憶測が飛び交いましたが真相は不明です。

カミュのエピソード

カミュには喀血持ちのエピソードがあります。カミュは高校在学中に喀血にかかり、第二次世界大戦の従軍もできませんでした。文壇の第一線を退いたのも喀血によるもので、彼の人生における分岐点になっていたようです。国のために筆をとってフランスの解放を選んだカミュにとって、文学やジャーナリズムは彼の孤独な戦争だったように思えさえします。

カミュの哲学

カミュは「不条理の哲学」でも有名です。『異邦人』や『シシュポスの神話』にもこの観念がみられます。彼にとって不条理とは、その人生で経験していた世界に対する疑問から生じたもののようです。少し難解ですが、カミュにとっての命題は不条理に向き合ってどう対処するかでした。この考えは一貫しているものであり、だからこそサルトルとの論争や孤立もやむを得ないものだったかもしれませんね。彼にはどっちつかずの中途半端な思想に対する批判が多いですが、カミュにとって不条理の哲学は、理性を用いて答えが出るまで挑み続けることであったのです。

まとめ

今回はフランスの小説家、アルベール・カミュを紹介していきました。上に述べたように「ペスト」はカミュの偉大な代表作ですが、より注目を集めたのは今日のコロナウイルスの存在があります。人々が大きな不条理に立ち向かう姿は、それが戦いであれ病であれ、いつも人々の心を打つものだと思わせてくれます。カミュがなぜ戦後にこの主題で書いたのか、「不条理」に立ち向かうカミュの夢想とその答えが、この本にはあるのかもしれません。

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>>アルベール・カミュの作品の特徴及び評価。おすすめ代表作4選

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