出典:女優 浅丘ルリ子
年齢層が高くなるほど知らない人はいないと言う大女優、浅丘ルリ子さんしかし今現在は何をしているのかなど気になる事があります。今回はそんな周辺を掘り下げて行きます。
プロフィール
- 氏名 浅丘ルリ子(本名 浅井信子)
- 生年月日 1940年7月2日
- 出身地 満州国
- 血液型 A型
- カテゴリー 女優
- 所属事務所 舞プロモーション
現在。石坂浩二と別れた後の恋人は?若いころはどうだった?
現在も大女優の風格を保ったまま活動をしています。特に連続ドラマへの出演はありませんが。舞台『三婆』この話は、『渡る世間は鬼ばかり』のプロデューサーだった石井ふく子さんが演出を務めた舞台に出演しています。
また、来年1月からはNHKの大河ドラマ『おんな城主直虎』への出演も控えています。この他春からは、テレビ朝日に2017年春に、朝のテレビドラマ枠が新設される予定があります。
脚本を北の国からでお馴染みの、倉本聰さんが脚本を書いています。まだ準備中と言われています。今のところ解っているのはテレビ関係者が入居している老人ホームを舞台に色々と話が展開していくという事のようで浅丘ルリ子さんクラスの大物俳優や女優が出演します。
現在はメディア露出をしていませんが、色々と準備中といったところではないでしょうか?来年はプロモーションなどで様々なメディアに出てくる可能性があります。
続いては、浅丘ルリ子さんの前の夫石坂浩二さんと別れた後の事を書いて行きます。
出逢いは1971年『2丁目3番地』での共演が元で結婚に至りました。当時共演していた加賀まりこさんに、石坂浩二さんが浅丘ルリ子さんの事を好きらしいと伝えられ意識する事が強くなった様です。
そして2人は結婚しました。しかし、結婚から五~六年後絵の才能があり、アトリエを欲しがった石坂浩二さんはアトリエを借りてそこで寝泊まりするようになりました。それどころか他に女もいたのです。
所謂仮面夫婦の状態が続きました。やがて石坂浩二さんの母親が介護無しでは生活が難しい状態となり、浅丘ルリ子さんにその世話をしてくれないか?という話になりました。しかしその様な事は現実的には出来ず、離婚という形を取りました。
離婚記者会見が行なわれたのは2000年の12月27日、2人揃って行なわれる珍しい形式の物でした。これには理由があり、2人別々に会見を行なうと意図と違う発言をしてしまう可能性があり、またマスコミに追いかけ回される事を防いだためです。
その後も女優としての活動を続けており、当然恋愛の方も未だ現役と言っても良いほどです。ボーイフレンドと呼ばれる人が3人いるという事のようです。これは二〇代、三〇代、四〇代と世代に分けているようです。
その中でも名前が挙がっているのは、石原プロモーションに所属する金児憲二特に深い関係となったなどの噂がありますが、キープしているボーイフレンドのひとりの可能性が高いと思います。
若い頃は、名前を出すと誰もが知っている人たちと恋愛を繰り広げていたようです。有名なところでは歌手で俳優の小林旭、事実婚のような状態にあったようです。また、交友関係も広く美空ひばりや石原裕次郎氏等とも繋がりがあったようです。
まとめ
未だ女優として現役を走り続ける人だけ合って、恋愛の方も活発だという事も解りましたね。まあ確かに恋愛をしているとフェロモンが出て色香をいつまでもキープ出来るようです。そのためあまり劣化していないんだと感じました。
今後も足腰が立つ限り、舞台やテレビなどに出演する可能性は高いですし、やはり芸能人は別物だと感心する事でしょう。しかしその裏には様々な努力がなされている事を忘れてはいけません。
例えば、エステや身体機能特に体幹などを鍛えている可能性はとても高いと思います。それだけの努力を積み重ねているから女優として現役を続ける事が出来るんだと思いました。
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