松本ちえこの死因と歌手・女優としての評価。「バスボンの歌」「恋人試験」の誕生秘話は?

出典:[amazon]プレイバック・シリーズ

1970年代にアイドルとして活動をスタートし、その後女優へと転身した松本ちえこさんを色々な角度から掘り下げて行きます。

プロフィール

  • 芸名 松本ちえこ(本名 松本千枝子)
  • 生年月日 1959年11月12日
  • 出身地 東京都
  • カテゴリー アイドル 女優
  • 活動開始 1974年~2019年
  • 所属レコード会社 ポニーキャニオン

死因と歌手・女優としての評価。「バスボンの歌」「恋人試験」の誕生秘話は?

死因については、2019年11月17日大動脈瘤破裂により他界しました。年齢は60歳でした。他界後直ぐに公表されたわけではなく、暫く経って週刊誌のウエブサイトで報じられて明らかになる形となりました。

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歌手としては、一時低迷期を迎えていた物の複数のヒット曲を一応持つことが出来たと言えます。また、後に紹介する恋人試験は歌詞の内容がなんとも言えない独自の世界観を作っているため時折話題に上っています。

女優としての評価は2時間ドラマから、若い世代に向けたドラマまで概ねオールラウンドで活動しており、バイプレイヤー的な活動をしていました。しかし、2000年代に入ると徐々に活動する機会は減っていきました。

また、1970年代にはロマンポルノに出演する等女優としての活動する場所を求めての転換だったと思います。アダルトビデオと違いロマンポルノはストーリー性がきっちりと作り込まれており最後の性的交わりのシーンがある程度です。

ロマンポルノを撮る監督達も当時映画会社にお金がないから、仕方なくロマンポルノをやらされていただけで、本来は、まともな映画を撮っても充分に人の心を動かすことが出来る作品を作ることが出来る才能を持った人達が集まっていました。

それだけに、秀逸な作品も多く今でも伝説になっています。松本ちえこさんもこのジャンルで再び映画やドラマの世界に戻ろうと頑張っていたと思います。ここからは「バスボンの歌」「恋人試験」について書いて行きます。

「バスボンの歌」についてはCMに起用され話題となりましたが、シングルレコードで発売されることはなく後にアルバムに収録されることになりました。と言うのもアイドルとしては低迷期に入っており事務所も松本ちえこさん自身も半ば諦めていたようでセカンドシングルリリース後活動を休止しています。

その後、芸能活動を再開したときに起用されたCMであり、芸能人として再起を懸けたときの楽曲でした。続いては「恋人試験」は、松本ちえこさんにとって3枚目のシングルでした。このシングルが出るまでの間に2枚のシングルをリリースしましたが活動が上手くいっていませんでした。

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作詞は伊藤アキラ、作曲はあかのたちおのコンビで作られ、ポニーキャニオンがレコード部門を独立させてリリースさせた第一弾シングルでレコード番号がC-1というこの縁起の良いレコードでもありました。まあ、レコード番号自体は会社の管理するための物なのでCDショップや問屋さんとレコード会社の管理者ぐらいしか気にしていません。オリコン最高5位、売上27.7万枚。

まあ、歌詞がアイドル歌手っぽくて良いなと思います。『0点なんかじゃ許さない、100点取る人大嫌い、知ってるのにわざとまちがえる65点の人が好き』なんか揺れてる女の子の気持ちが良く出ていますよね。

アイドルはトイレにも行かないとか、恋愛なんてあり得ないというような時代ですからこんな感じの歌詞を書いても信じて応援してしまうファンの人もいたと思います。親衛隊とかいて占拠し応援するのが当り前のスタイルでしたね。

この時代だから成立した歌詞なのかもしれません。今の時代だとあり得ない歌詞かもしれませんね。恋愛に対してもっと自由だし片思いしていてもアプローチが違うからです。まあ完全に作詞家の想像力の勝利ですね。

まとめ

今回は松本ちえこさんを掘り下げてきましたが、色々な形で芸能界で生き残りを懸けようとしていた事はわかります。しかしながら、アイドルでデビューしその後女優となって色々なドラマに出ることが出来たので演技力はかなりあったと言えます。

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