出典:Sloppy Joe
1980年代中盤に、エピックソニーからデビューした大江千里。デビューした時は、作曲センスと歌詞で、ヒットを飛ばし作曲家としても活躍しました。しかし、今まで作った栄光を捨てて、ニューヨークで活動していると言います。今回は大江千里さんを掘り下げます。
プロフィール
- 氏名 大江千里
- 生年月日 1960年9月6日
- 血液型 ?
- 出身地 大阪府
- 所属事務所 ?
- カテゴリー ジャズピアニスト 歌手 作曲家
大江千里の今現在。結婚はしてる?星野源に似てるという噂について。
大江千里さんは、現在年齢53歳で2008年からニューヨークに渡米し、ジャズピアニストとして活躍しています。日本で活躍していたころの看板を、そのまま背負って渡米した訳ではなく活動を休止して臨んだものです。
また音楽と正面から向き合いたい、そんな思いから現地で音楽学校に入学して、勉強を開始しました。日本でも作曲や演奏をしていたので、特に問題は無く勉強できたようです。4年の歳月を掛けて卒業し、ジャズピアニストとして活動を開始しています。
2012年に、ニューヨークと日本でジャズアルバムを発売し、ニューヨークのジャズクラブなどでライブ活動も行っていましたが、現在では少しずつ日本でも、ジャズピアニストとして活動を始めたようです。
何故、ジャズの世界に足を踏み入れたのでしょうか?
日本ではマイペースでの活動が可能となり、若い頃からあったジャズへの好奇心が、疼きだしたからだと言います。
ミュージシャンとしてデビューする前の、10代の頃にも独学でジャズの世界を自分の中に取り込もうとしたが、難解でジャズの謎を解く力はなかったので途中であきらめてしまったようです。
大江千里さんの、ミュージシャンとして経歴は素晴らしいものがあります。『カッコ悪いふられ方』や『ありがとう』等のヒット曲があり、作曲家としても光GENJIに『太陽がいっぱい』を提供しており、そのまま作曲家としても活動が出来たと思います。
しかし貪欲で、活動領域を広げたかったという事だったのかもしれません。ジャズの世界に飛び込まなくても十分に、音楽活動は出来たのですが、それだけでは飽き足らないそういう事なのだと思います。
確かに、ジャズとJ-POPのミュージシャンの寿命を考えると、ジャズの方が長く活動することが出来ます。体が、健康なら80代でもライブステージに立つことは出来ますし、作品もリリースすることは可能です。
J-POPの場合は、ヒットチャートに載り続けライブを重ね、作品をリリースしなければならず、ミュージシャンとしては消耗品みたいな扱いを受ける事がありますし、ちょっと活動しないと消えたと言われてしまうので活動継続が難しい部分もあります。
大江千里さんは、2013年に結婚しました。なんと出逢ったのは、20年前で国籍などは明らかにされていません。子供などは居ないようで、大江千里さんのニューヨークでの活動を支えてくれたようです。
またインターネット上では、大江千里さんと星野源さんが似ていると言います。顔ではなくて、音楽性が似ていると言います。確かに、星野源さんがミュージシャンとしてデビューする前に、影響されたのかもしれません。
星野源さんも役者としても活動していますし、音楽活動も行っているので同じ道を辿っているそんなイメージを持つ人もいるのかもしれません。
まとめ
今後の活動の仕方としては、ライブハウスなどで地道に活動して行くパターンで、音楽生活を送って行くと思います。今までJ-POPで活躍している時に、ライブで大江千里さんを見る事が出来なかった人には、近い位置で大江千里さんを見る事が出来ますので、良い時間が過ごせそうですね。
しかしながら、過去の大江千里さんが好きな人には、昔の歌を歌ってほしいという声もありそうです。しかし大江千里さんの気持ち次第で、昔の歌を歌ってくれる可能性があります。
大江千里 様 頑張って下さい
あたら夜の
赤ら乙女を
飲み乾せば
夜明けの前の
南天の魅実
星嬉