ひな祭りの由来や起源を解説!実は怖い話しだった…

ところで、ひな祭りの意味や由来ってご存知でしょうか?

ひな祭りといえば、3月3日に行われる女の子のお祭りですよね。
個人的なイメージとしては、保育園のときにひな人形を飾って、ひな祭りの歌を歌って、
になあられを食べた思い出がありますが、

少なくともひな祭りと言われるほどのものですので、お祭りなのです。
お祭りということは、神様を祀ったり、霊を祭ったりするものです。

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つまり、子供を楽しませるものではなく、何か理由があるから行うものなの
です。それにつきましてお調べいたしましたのでよろしければご覧ください。

ひなまつりの由来や起源とは?

さて、ひな祭りというものは、もともと何故、あのようにお人形を並べるの
でしょうか?

女の子のお祭りだという風に片づけられているのですが本当の意味とか由来
について興味がありませんか?

個人的なイメージですが、ひな祭りというと表向きには女の子おお祭りで
華やかな感じがしますが、

人形が動いたり、首が取れて血を出してたとか、触ったらもっている刀で
手を切られ怪我をしたとか、そんなちょっと怖い迷信があるんですが…

もちろん、それは迷信というだけでありまして実際にそんなことはある
わけがないのです。

ただ、他の節句ではあまり怖い話しは聞かないのですがひな祭りだけ
そのような話しがされているのでちょっと気になりまして調べてみました。

上巳

まず、由来とか、起源なのですがもともとは日本のものではないのです。
有力とされているのは中国が漢の時代です。

漢と言えば劉邦が皇帝で当時は周辺諸国では最強の国でしたよね。
僕は、ゲームの「三国無双」が好きなのですがそこには劉邦は出ては
来ません。なぜなら、それから400年後の話しが三国志だからです。

ただ、劉邦の子孫に三国志に出てくる劉備で、劉邦の家来であった、
曹参の子孫に、曹操、夏侯惇、夏侯淵がいます。

つまりは、400年後は同じ身内同士で戦乱を行っていたということに
なりますね。こんなこと劉邦は想像したのでしょうか?

まあ、昔はこういう話しは結構あるので創造ぐらいはしていたかも
しれません。日本でも織田信長の死後、家来同士で天下統一を争って
しまいましたからね。

そんな、漢の時代に、とあるお家柄に、3人の娘さんが生まれたんです。
子供が生まれてそれはそれはめでたく嬉しいことでしょう。
親なら誰でも大切に育てていこうと思います。

特に、母親は自分の腹を痛めて産んだ子供たちなので父親よりも愛情深い
というのはよーくわかります。

しかし、その子どもたちは悲しいことにいずれも3日以内にこの世から去って
しまったんです。。。

その時、親御さんはどれだけ悲しい思いをしたのでしょうか。
想像するだけでコチラも心が痛くなるのですが、

村の人たちはその話しを聞きつけてお葬式をすることにしたのです。
まあ、人がなくなったらお葬式を行うのは当然なのですがここから少し重要
な話しをしたいと思います。

日本では現在は完全に火葬をするのですが、昔は土葬もありました。
しかし、インドや中国は水葬がメインなのです。

昔からなくなりましたら、海に沈めるという風習があったんですね。
現在もそういうことはあるみたいですが、一度火葬を行って遺体が粉々に
なった状態で、海にばら撒くんです。

アンデス地方だと、鳥葬っていって、鳥に食べさせることをしている
みたいですけどね。

そんな感じで国々によって葬式というものは異なるのですが当時の
漢では、遺体は水で綺麗に洗って、体を清めたらその遺体を川に沈める
という水葬を行っていたんです。

その3人の娘さんたちも水葬しました。

この話しが本当のことなのか、作り話なのかは分かりませんけれども、
その話しが、三国時代を飛びぬけて、唐の時代まで伝えられたのです。
800年も前の話しがずっと伝えられてきたわけです。

日本だと、800年前だと鎌倉時代でしょうかね。
それだけ昔から言い伝えられてきたことが影響し、唐の時代に
「上巳(じょうし)節」という儀式が生まれたのです。

これは、一体何かといいますと、季節の節目、つまり日本で言う現在の節句
というものです。

季節の変わり目というのは風邪をひきやすかったり病気をしやすかったり
するものなのです。なので、体に邪気が取りついたりすると言われるように
なったのですね。

それを取り払うため上巳といって川の水で邪気を取り払う行為が行われ
たのです。

当時の日本は、平安時代で、古くから中国とは交易を行っていて、
中国の文化を基本としていました。

その中でこの上巳という儀式を取り入れたのがひな祭りの起源だとされて
いるのです。

だけど、これだけなら、ただ中国の文化をパクッたダケですし、
ひな人形とは一見関係ないようにも思えます。

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だけど、これが日本に伝わった後、形代という独特なものに発展した
とこからひな祭りの始まりだとされているんですね。

この形代というものは一体何かというと、上巳とは別に女性が出産を行う
ときに枕元に日本人形を置くんですね。

その理由としては、出産における苦しみ、恩を人形にとり憑かせ、
自分の身を守るという意味で行われたんです。

そして、無事出産が終わったらその人形を川に流してしまうという
ことが行われていたんです。

これがひな祭りの始まりだというのが有力説です。
ちょっと、怖いんですがね…

かげびな

そして、もう一つ、今話したのは全国的なポピュラーなひな祭りの話し
なのですが、東北地方にかげびなという東北地方古来から伝わる
ひな祭りがありまして、それがその地方では原形とされているんですね。

このかげびなとは一体どういうものなのか?

ルールはざっくり説明しますとこんな感じです。

1家長とその妻のみが参加し、他の者は絶対に見てはいけない
2かげびなは家族分だけ存在する
3それは人形というよりも折り紙のような感じ
4家族が亡くなったり縁を切った場合は夜中に川へ流す
5家族の誰かが病気になったらその部分をちぎる

で、これを家長とその妻以外の人間が観てしまうとどうやら恐ろしい
ことになるらしいのです。

呪われるのかは知りませんし、どうなるのかは、公にされてはいません。
まあ、それだけ恐ろしものなのでしょう。

ただ、偶々それを見てしまった人の話しですと、父親に異常なぐらいに怒られ、
その人の分のひな人形が燃やされていたそうです。

掲示板やまとめサイトにこれがあったのですが答えてくれる人が一人もいない
のです。口外禁止のことなのかもしれません。答えた時点でその人も呪われる?

ちなみに、現在その見たという人の現状は不明です。

雛奉

あとは、雛奉りが起源ではないだろうかと考えている人もいるようですね。
確かに、字を見ると祭りが違うだけなので可能性としてはあり得るかも。

この雛奉りというのも、東北地方のものなのですが、かげびなと何か
関係があるのでしょうか?

どうやらその辺は不明です。
昔からある本当に恐ろしい話しってあまり口外されないことが多いので、
本当にヤバいのかもしれません…

で、この雛奉りは話しを聞く限りガチでヤバです。
というのは、今の時代では考えられないんですが、まだ小さい少女をです。
山に連れて行って神様の生贄にしてしまうんです。

もちろん、現在はそんなのは無いですよ。
殺人罪とか虐待になりますからね。

でも、発展途上国のアンデス地方とかは現在でも生贄の文化は
あるそうです。

日本でも明治維新以前はそういうものが各地方であったみたいです。
明治維新後もしばらく隠れてやっていた所もあったようですが文化が
大きく変わり、法律も代わり、なくなっていったんですね。

で、この生贄なんですが、ただ棺に子供をいれて終わりではなく、
ホント残酷なんですが、

今で言う神主のような人間が、まだ幼く人生これからだという小さい
女の子を輪姦にして生きているうちに子宮を取り出し、それを
神様に捧げていたんです。

ぞっとするんですが、こういうことがあったのを聞くと僕は今の時代
に生まれて良かったと思います。

それが、次第に人間を殺すのは残酷だと思ったのか、それとも、
明治維新の影響なのか、時代とともに人間を生贄としてささげるのは
なくなり、ひな人形を使うようになったのがひな祭りの始まりらしいです。

個人的な見解

これらのように、地方によってひな祭りの起源が異なるというもの考える
ことができます。

ただ、一番古いのはどう考えても、上巳の原型である漢の時代の水葬だと
思うのです。当時の日本はまだ弥生時代だったので生贄の雛奉りは可能性は
あるとしても、

人形を使う、かげびなは無いでしょう。
そこまで文化が発達していません。

そう考えると、起源はおそらく、中国の水葬か、雛奉りになります。
ただ、弥生時代の日本は、中国から色々と文化を取り入れている段階でも
あるので、東北の一部でそこまでのことが行われていたのかというと
ちょっと考えにくい気がします。

呪いが強く意識されるようになったのは平安時代とかその辺ですので、
おそらく、漢の水葬が起源だと思いますけどね。

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